鎌倉の梅 2006/3/15   英勝寺の梅と歴史.2

英勝寺の総門

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この写真は山門でなくて総門ですが、山門は別の処に移築されていたようで、その「英勝寺山門復興事業」と言うのがここの拝観料が明月院や長谷寺並に高い理由のようです。英勝寺の建物についてはその「英勝寺山門復興事業」サイト にとても詳しく出ています。

英勝寺は水戸徳川家の祖徳川頼房の養母となった英勝院が開いた寺ですので、伽藍の多くは徳川頼房が中心となって建立しています。山門だけは、徳川頼房の子松平頼重ですが。
その山門には、後水尾上皇(1596〜1680)の宸翰に基づいて作られた扁額が掲げられ、表に「英勝寺」、裏に「寛永廿癸未年四月十日」という銘があり現在鎌倉国宝館に寄託されています。

英勝寺の袴腰付鐘楼

 

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この形の鐘楼は私はここで初めて見ました。神奈川県指定重要文化財です。
鐘楼は袴腰付楼閣形式という寺格の高い寺にしか見られない珍しい様式だそうで、近世の鎌倉では唯一だとか。ほとんど見えないのですが、梵鐘には林道春撰の銘文が刻まれ、末尾に寛永20年(1643年)5月とあるそうです。

英勝寺の仏殿

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こちらは山門再建予定の位置から見た仏殿正面です。
曼殊院良恕法親王の「宝珠殿」という額を掲げ、軒下の蟇股(かえるまた)には十二支の動物が刻まれています。神奈川県指定重要文化財です。
棟札によれば、寛永十三年(1636)に英勝院が建立していますが、現在の仏殿の梁牌(りょうはい)には寛永20年に徳川頼房が建立したという銘があります。徳川頼房が現在見られるような立派な仏殿に改築したと言うことでしょう。


正面の引き戸を開けると中が見られます。仏殿内部には徳川家光寄進の阿弥陀如来と、向かって右の観音菩薩と左の勢至菩薩を本尊として祀っています。

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しかし、豪華絢爛って感じですね。鎌倉のお寺にこういうのは少ないです。と言うかここだけ?


仏殿の天井とその周辺には、極楽を思わせる華麗な装飾が見られ、水戸徳川家の三つ葉葵や太田家の桔梗の紋とか鳳凰(ほうおう)の絵などが描かれています。
英勝院(お勝の方)と徳川頼房にはいろんな逸話がありますが、徳川頼房は相当英勝院に恩を感じていたんでしょうね。

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英勝寺の唐門

仏殿の脇の梅の向こうに見えるのが拝殿への唐門です。

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これです。でも暗いですねぇ。


ちょっと明るくしてみましょう。おや、この女性がお勝の方?
違うって! (,_'☆\ ベキバキ

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唐門は祠堂と共に建てられたと見られ「小さいながら細工は精巧で、欄間のぼたんの彫り物などは、高度な技術を示しています」とのことなのですが、これのこと?

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う〜ん、高度な技術でしょうが・・・・

英勝寺の遠景

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英勝院を祀る祠堂は、現在さや堂(プレハブ)に覆われています。
英勝院の一周忌までの寛永20年に、徳川頼房によって建立されたと思われ、金色の柱や軒の下の色彩の豊かさは日光東照宮などを思わせます。つまり私はあまり好きではありません。この写真はその祠堂を被うプレハブを背に唐門と仏殿を撮したものです。椿が綺麗でした。

2006.03.22記 今週一杯休暇中