鎌倉の蓮 2010.07.25 光明寺の観蓮会と象鼻杯 |
昼から合流の娘と光明寺に行きました。こちらの蓮の花は午後でもなんとか見れるので。それに今日は観蓮会だし。 これこれ提灯で遊ぶんじゃありません! まったくなんて子でしょう。親の顔が見てみたい。 あっ、俺か。フキフキ ""A^^; 観蓮会のお茶席は開山堂の庭園側です。開山堂とはここ光明寺開山の記主禅師良忠、及び歴代の法主(大本山の住職)を祀るお堂。 一昨年は結構混み合っていたのですが、今回は時間も遅かったので他にお客さんはおらず、待ち時間でお嬢ちゃん達がお稽古をしていました。 中断させては申し訳ないので、終わるまで蓮の花の写真を撮ることに。というか、そっちが第一の目的なので一見「気を利かせた」ようで、実は「これ幸い」で御座いました。(笑) その開山堂の右に記主庭園があり、蓮の花はそこに咲いています。 ここ光明寺は「古代ハス」が咲くことで有名なのですが、実は光明寺には二種類のハスがあって、古代ハス(大賀ハス)は奥の方。写真では右端の方です。 これが古代ハス。古代ハスって大賀ハスのことで、実は鶴岡八幡宮のハスと同じです。ということは、昼過ぎになんか行ったってもう閉じてしまっています。 ちゃんと撮れたのは3年前のこのときだけですね。(追記)翌週の8/1にも撮れました。 錦蕊蓮(きんずいれん)で、光明寺の蓮の花のメインはこちら。 やっと判りました。この蓮は錦蕊蓮(きんずいれん)らしいです。 同種異名で「天上蓮」でもよさそうです。 光明寺は「古代ハス」があるってことで有名なので、この蓮が「古代ハス」と勘違いされることが多いようです。光明寺に限っての話ですが。 鎌倉に長いこと住んでると、鶴岡八幡宮の蓮が標準というか、普通の蓮になってしまって、まさかあれが古代ハスだとは思わないんですよね。 ところで、今日は新規投入した中古望遠レンズの55〜300mmが大活躍。 あっ、シオカラ蜻蛉。 観蓮会・立礼(りゅうれい)のお茶席子供達のお稽古も終わって席に案内されました。写真は全て後で撮らせていただいたものです。 亭主役?の美人なお嬢さんとお話をしたのですが、生菓子のときに「大町のあそこですね♪」と云ったら、びっくりなさって「当てられた方は始めてです」と。お茶碗は粉引茶碗でなかなか感じの良いものでした。 後で娘にそれを云ったら「当てたんじゃなくて知ってただけでしょ」と実も蓋もないお言葉。まあそうなんだけどね。ちなみに娘は甘いものが苦手でお茶菓子が食べられない。だもんで本堂との渡り廊の方から見ていました。 水差しにはメキシコだったか中南米だったかの陶器、棗(なつめ)は黒漆に金の蒔絵ながら落ち着いた、利休棗よりは幅のある背の低いもの。と云っても、よく夏用とされるものほど低くは無かったような。 光明寺住職の墨跡が軸の代りの竹に。「一華開五葉」と。意味ですか? 聞いたんだけど忘れてしまって・・・。 そこで調べてみると「やさしい禅語解説」にありました。「一つの花に五弁の花びらが開き、やがて自然に実るように、初祖達磨の教えが末広がりに栄えていくことを予言して、二祖に伝えたとされる言葉」だそうです。たしかにそのようなことを亭主役のお嬢さんがおっしゃっていたよな。 私の次のお客さんに生菓子が出されたところ。 あのご婦人、私が象鼻杯を頂くところを撮っても良いかと聞いてきたのでもちろんOK。 象鼻杯(碧筒杯)「象鼻杯」(ぞうびはい)は唐の時代の「酉陽雑俎」では「碧筒杯」(へきとうはい)とあり、その意味は「碧色の矢筒のようなさかづき」です。「筒」は本当は漢字第4水準の「筩」。白文はこうです。
魏の時代からかはともかく、中国古代からの消夏飲酒法です(詳しくはこちらを)。蓮の葉に注がれたお酒を長く伸びた茎の部分から飲むんですが、この姿が象の鼻に似ていることから「象鼻杯」と云われ、いまではそう呼ばれることの方が多いようです。 この写真は娘に撮ってもらいました。蓮の葉にお酒を入れると、それがゆっくりと、えらくゆっくりと蓮の茎の4つの穴(蓮根の葉ですから)を流れてくるのですが、茎の中で蓮の葉の香気が混じり、味がまろやかになります。茎の口を付けた部分7cmほどは後で切って、光明寺の袋に入れて頂けるのですが、とでも清々しいよい香りがします。 お寺でこれをやっているところは少ないかもしれませんね。浄土宗本山で象鼻杯をやっているということは、蓮に極楽浄土を託しているのでしょうか。 他の季節は光明寺indexからどうぞ |