2013.10.14       三渓園・臨春閣公開

臨春閣というのは重要文化財指定で1649年(慶安2年)に建てられたんだそうです。ここにではありませんが。原三溪が買ったときには桃山時代に豊臣秀吉が建てた聚楽第の遺構と伝えられていたようですが、現在では和歌山県岩出市にあった紀州徳川家の別荘・巌出御殿(いわでごてん)ではないかと考えられているそうです。

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この門は京都の西方寺にあったと伝える薬医門だそうで、1708年(宝永5年)頃の建築だそうです。

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薬医門て何? wikipediaだと? 鏡柱から控え柱までを取り込む屋根を持つ。本来は公家や武家屋敷の正門などに用いられたが、扉をなくして医家の門として用いられたのでこの名前がある。」 なんだぁ、ただの門じゃない。でも鎌倉で良く見るお寺の門は高麗門(浄智寺とか報国寺)か四脚門(円覚寺、建長寺、寿福寺の惣門)ですね。それと比べると薬医門は高麗門側ですが、ちょっと違います。私の縄張りでは建長寺の龍峰院に材木座の実相寺はそうみたいです。気がつかなかったけど。

正面が「臨春閣」。

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狩野常信(1636〜1713年)の筆です。と思って感心して見ていたら、これは複製画で、原本は園内の三溪記念館で収蔵し定期的に展示しているそうです。なんだぁ。

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欄間を見て下さい。凝ってますねぇ。

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数寄屋風な書院造りですね。私がご幼少の頃過ごした荻窪の家に似てるかも。

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嘘つけ! (。_・☆\ ベキバキ  イテテテテ、

嘘じゃないですよ。だって床の間があるじゃない。(;^_^A アセアセ…

左が風呂場。右が雪隠(トイレ)です。畳み敷きのトイレってどうなの?
風呂には風呂桶がありません。替わりに床が僅かに傾いて、真ん中から水が落ちるようになっている。要するに、昔の風呂場とは湯浴みをするところだったんですね。ぬるま湯にゆっくりと20分は浸かりましょう、なんてことは無理です。

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おっ、この屋根は! というのは次ぎのページで特集いたしましょう。

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庭には池が。我が家とおんなじですねぇ。大きさはちょっと違うかな? (世間の声:違いすぎ)

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水屋だ。部屋としては台子の間というそうです。お茶室の控えの間ですね。控えというか茶道具置き場というか。あの引き違戸は蓮の茎らしいです。

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これが狩野探幽? 判りませんが。

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上を見上げると、数寄屋風ってこのこと?

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二階に上がる階段。ここだけは我が家に似てないですねぇ。まだ云うか! (。_・☆\ ベキバキ

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ここの襖は狩野安信筆だそうです。複製ですが。

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