2013.10.27    歴史博物館古文書ざんまい

今日は横浜からです。神奈川県立歴史博物館で「古文書ざんまい−鎌倉ゆかりの中世文書」という特別展をやっていると。歴史博物館て行ったことないんですが関内から歩いていくと、あれか!

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しかしなんだ? この古文書みたいな建物は。

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ニコライ堂みたい。ここもロシア正教会なんかしら?

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げげ! 横浜正金銀行本店跡だって。東京銀行の前身ですね。

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中に入ると、中も古文書みたい。

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廊下も古文書みたい。

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やっと特別展の会場に着きました。えらい奥まったところでやってるのね。フキフキ ""A^^;

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でも中は撮影禁止です。ところが中でじゅんこさんとバッタリ。お互い「え〜!」 。
絶対に「満足に漢文も読めないくせに、何でこんなとこいるのかしら」と思ってるね。
で、感想。関東公方家って、みんなお馬鹿さんだったんじゃない? 花押の品のないこと。
足利尊氏とか直義はちゃんとしてるんだけどねぇ。

学芸員のギャラリートークがあるというのでその時間まで待っていたら、そのトークは延々一時間。おかげで東慶寺の日中写真が撮れなくなってしまいました。でも、お話は面白かったですね。
金沢貞顕の例の「茶筅もらってありがとう」って書状もありました。一生懸命きたない字を解読したら、「それだけかい!(怒)」ってやつですね。貞顕の書状は字がメチャクチャな崩しで「いいかげんにしろ!」と云いたくなるようなものが多いんですが、書状だから手にもってサラサラと書いてるんだそうです。そう聞いたら「まあしょうがないか」って思いました。

和紙は秀吉の頃に技術革新があって大きな紙が作れるようになったと。ほ〜、どんな技術革新?
と思ったら、「両手をだらんと垂らして、ちょっとだけ体から離して前後に振ってみてください」と。
何をやらせるんだろうと思ったら「それが中世の紙の巾です」と。な〜るほど〜。
で、秀吉の頃の技術革新とは、紙漉の枠を紐でつるすようになったから肩幅より大きな紙が漉けるようになったんだと。「えー! それまでは吊さなかったの? 早く気づけよ!」って思っちゃいました。でもまあ、朝廷の報告、裁定願い(国解)とか、それに対する裁決・命令の太政官符、宣旨、院宣なら肩幅紙で十分ですね。

というようなお勉強が終わったらもう3時。3時間も中に居たのか。慌ててじゅんこさんと別れて外へ出たら、あれ? この建物なら知ってるぞ。入ったことは無かったけど。でも何で?
異次元を通り抜けてしまった?

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と思ったら、その建物はあのニコライ堂、じゃなかった、古文書な横浜正金銀行本店跡に続いていたんですね。というか、私は裏口から入っちゃってたみたい。

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だからえらい奥まったところでやってるって思ったんですね。フキフキ ""A^^;
しかし東慶寺の庭の撮影は間に合わないぞ。それどころかギャラリーの「ピダン展」まで間に合わなかったらどうしよう。と慌てて北鎌倉へ。