奈良・古建築の旅  信貴山縁起絵巻展から帰路   2016.05.13

16時11分。薬師寺からの帰り道です。この日はレンタルの自転車で20kmぐらい走ったんじゃないでしょうか。大昔に中学の修学旅行で来たときは池ばっかりの処をバスで通った気がするのですが、今回見たのはこの池だけです。あれは郡山の方だったんですかね。

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16時18分。帰り道に平城京跡の十二脚門が。朱雀門(すざくもん)でしょうか。 想像による復元ですど。でもこの1枚だけでパス。奈良博に行かねば。

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この十二脚門の柱間(はしらま)寸法は判りませんが、発掘調査によると17尺(約5m)とか。
デカイよねぇ、普通は10尺(1丈3m)が基本なんですけど。 

16時40分。三条通りのお茶屋さんでお袋のお土産に奈良の新茶を調達。

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16時47分。高畑町の宿にレンタサイクルを返し、歩行で博物館へ向かいます。
正面の白い建物が昨夜の宿。

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あっ、あの荷物を押してるお姉さん今晩泊まるの? おれ延泊しようかしら♪ (,_'☆\ ベキバキ

16時55分。興福寺を通り抜けて国宝館前も素通りでいちもくさんに奈良博へ向かいます。

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16時57分。そうだ、連署から鹿の写真の注文があったんだ、と思い出してパチパチ。

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やっぱ女性か子供が居ないと絵になりませんねぇ。と撮り直し。

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17時6分。奈良博到着。
国宝 「信貴山縁起絵巻」の特別展があるんです。普通は17時閉館なんですが、金曜だけ19時まで開いているのでこの時間でも大丈夫。おっ、鹿がいるぞ、とカシャ。連署様、あと春日大社でも一枚撮ってるよん。

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「粉河寺縁起絵巻」も一巻展示されていました。あれ模本かと思って見てたんだけど、本物の国宝だったんだ! 奈良博サイトには「半期で巻き替え」とあるので半分しか見ていないことに。「粉河寺縁起絵巻」は中央公論社の『日本の絵巻5』を持っているんですが、印刷ものは彩度が強くなるんですよね。

「信貴山縁起絵巻」も『日本の絵巻4』で見てはいるのですが、やはり現物を見ないと色調とかトーンの変化で見誤ることがあります。今回注意して見たのは出てくる建物の礎石です。山んなかに隠棲している僧の住まいが礎石建築な訳が無い、と思っていたんですが、どうもううっすらながら柱の下に礎石が描かれている。ワンシーンならそう見えるだけなんじゃない? と思うところなんですが、現物を見るとどのシーンにも同じ薄さで礎石が描かれています。ちなみに下の画像は私がページが見やすくなるようにトーンを調整したものですが、礎石は柱の濃さと同じぐらいになってしまいました。実物はもっとうっすらです。

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建物も、これ、草庵じゃないよね、どっちかというと寝殿造系じゃん! 

面白いことに内裏には礎石が描かれていません。そんなバカな! とは思うのですが、命蓮は修験を極めた立派な僧ということを強調するため。内裏は礎石建築であることが当たり前なので省略ということでしょか。書き手の意図を考えながら絵巻を読むというのも面白いものです。

それにしても絵巻の筋書きには「なんじゃこりゃ!」と思うことが良くあります。『春日権現験記』なんか読んでると「春日権現は悪霊か!」って思っちゃいますし。「信貴山縁起絵巻」のあの鉢も、なんなのそれ、って思いますね。泥棒じゃん! ただし逸話の発端となった事件はあったはず。きっと竜巻かなんかで蔵が飛ばされたんでしょう。『吾妻鏡』にも竜巻で家が二町ほど飛ばされたという記事があったような。蔵はバラバラになって飛ばされたけど、米俵は飛んだぶんもなんとか回収できたとか。それならありそうな話です。その事件に尾ひれがついて、信貴山の修験者のヨイショ話に利用されたと。

が、すいすい見られた訳ではなくて、ずらっと行列が少しずつ進む。だいぶ時間を取られました。おまけに売店で図録を物色してザックはズッシリ重くなりましたが、後は帰るだけなので。ともかくまた時間を食って仏像館はパス。だって19時に骨董自転車界の長老と近鉄奈良駅前で待ち合わせだったんですよ。で博物館を出て「今奈良博を出たところです」と電話したら「は〜?」と。いけね、堅気の衆には通じねえか、「いや、博物館を出たところです」と言い直したらやっと通じた(笑)

NBさん、ひっくり」させてごめんなさいね。あれは「ユウレイで組んだ一台がさぁ」と堅気の衆に話しても通じないと同じ様な業界用語だったんです。ちなみに「東京国立博物館」は「東博」、京都のは「京博」です。でも「ユウレイで組んだ」って、普通の人はビビルかも。「幽霊で組んだ」としか聞こえないもんね(笑) あっ、骨董自転車界で人気の大昔の部品メーカーです。

十年ぶりに再会の長老と握手を交わしたあとの第一声が「腹減った! ビール飲みたい! 煙草が吸いたい!」。久しぶりに自転車話で花が咲きました。

でもこんな会話も。
「あなた電話でテンガイモンて云ってたでしょ、あれ漢字はそう読めるんだけど、テガイモンて云うんだよ!」、「そ、そうだったんだ!」(;^_^A アセアセ
「何で絵巻なんか見にきたの?」、「いや、建築史の関係で」、「何で建築史なんてやってんの、早く骨董自転車界に戻ってきなよ」、「いや、骨董自転車から骨董建物にスケールアップしたんですよ。古さだって骨董自転車なんてせいぜい数十年でしょ、骨董建物は数百年から千数百年ですよ、俺の方が偉い!」、「訳わかんねぇ」

などという会話が交わされたかどうかは定かではありません。この論理で云うと、
化石の研究をやっている人はもっと偉いことになりますね。(笑)

22時31分。駅の近くのファミレスでコーヒーを飲んで時間調整してました。もうすぐ夜行バスが来るはず。 

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翌朝の5時3分。夜明けです。綺麗だったなぁ。

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6時33分。新宿駅南口で私を降ろして走り去る夜行バスです。
この歳で行き帰りとも夜行バスなんて死ぬんじゃないかしら、と危惧していたのですが、なんとか生還できました。 よっしゃ、滋賀と京都も夜行バスで行くか♪ 

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でも金曜日に戻りはもう止めます。確立1/3ですが、トイレの無い側の窓際だと夜中にトイレに行くのが大変。平日で空いてて隣空席なら何の問題も無いのですが。

update 2016.05.29