建築史の旅・平泉編  伽羅御所から平泉の宿へ   22/12/23 

「えさし藤原の郷」の伽羅御所

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駆け足で廻ったので細かくは確認してないのですが、
あれが侍廊なんでしょう。だけどなぁ〜、いや、テーマパークなので固いことは申しますまい。
  お口にチャック

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中門からの光景です。左から西対、寝殿、東対。
素晴らしい、江戸時代から半世紀前までの妄想に忠実な寝殿造の再現が!

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反対側から。

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中門廊と中門に、その先が釣り殿らしい。あれ?
  中門が上中門になってる。奥州藤原氏に大臣なんて居たっけ? いやいや
お口にチャック!  

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では中へ。 

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西対の弘庇から透渡廊の方へ。その向こうが寝殿です。

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でもこの簾は雰囲気壊さない? 雪が降ったので臨時の対処でしょうか。

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透渡廊の向こうに寝殿の妻戸が。 

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そしてこちらが二棟廊? でも二棟どころか梁行一間? 

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寝殿の中に入りました。 

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おっ、塗籠が! 

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柱の上はちゃんと舟肘木(ふなひじき)ですね。

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寝殿の西緣に来ました。透渡殿の下には遣り水が。なので太鼓橋のように膨らんでいます。

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東対の北端から。 

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えさし藤原の郷はもっとずっと広くて、経清館とか清衡館なども有るのですが省略。
 今回の旅の目的の半分はこの伽羅御所なんですから。 
           それにタクシーの待ち合わせ時間が迫っているし。

ここはNHKの大河ドラマ「炎立つ」の撮影に使ったオープンセットを残し、平安建築群を再現したテーマパークなんです。つまり建物の時代考証も大河ドラマレベル。半分は視聴者の感覚に合わせたウケ狙いなので、あそこは違う、ここもおかしいなどと云ったところでしょうがないんです。
縁切り寺法で私の先生だった高木 侃(ただし)先生が奥さんとテレビで江戸時代の時代劇を見ていたら町人が捺印のときに朱肉を使っていたとか。先生が「ある訳ないだろう!」とブツブツ云ったら、奥さんに「五月蠅いわねぇ、ドラマを見てるんだからそんなことどうでも良いのよ! あんたは黙ってなさい!」と怒られたんだって。
私も高木先生と同じでブツブツ云いたくなっちゃうので大河ドラマや時代劇は「鎌倉殿の13人」も含めて見ないようにしています。まあ「雨月物語」とか「七人の侍」とかなら時代考証もへったくれも無いので見ますけどね。

平泉最初の夜

4時に平泉駅に到着。宿のチェックインが4時からなんです。
しかし平泉ってこんなに怖ろしい処とは知りませんでした。食事をする店が無い。

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わたしの宿は朝食は付くんだけど夕食無しなんです。
私は素泊まり宿に泊まることが良くあります。例えば飛騨の高山。でもそれはホテルや旅館のお仕着せ料理よりも美味しものを探したいからなんです。なので宿にチェックインしてすぐさま「この辺で食事の出来る店は?」と聞いたら無いと。「駅のコンビニに行ってお弁当を買ってきたら?」と。
そのコンビニも駅の中の小さなコーナーしか無い。こんな事態は想定外。(;^_^A アセアセ

コンビニ弁当って小さいでしょ。なのでカツ丼みたいなのとパスタとパン三つ買ってコンビニ弁当を温めてもらおうと思ったらセルフサービス、自分でやれと。ともかく温めた弁当を宿に持って帰って食べました。それでお腹は落ち着いたんだけど晩酌のお酒が無い。なので再び外へ出て居酒屋を探したら有った♪

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カウンター席で隣の地元のお客さんと話をしたら、このへんのお店は居酒屋を除いて昼間しか開いてないと。居酒屋のママさんが「じゃぁ明日の晩はここに食べにきなよ、麻婆飯を出してあげるから」と。「麻婆丼?」と聞き返したら「違う、麻婆飯」と。要するに麻婆豆腐のお皿にご飯も出してくれると云うことらしい。ともかくこれで明日も飢え死にせずに夕食と晩酌が出来るとそのときは思ったのです。その時はね。

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