建築史の旅・平泉編    伽羅御所跡から学会へ    22/12/25 

平泉の旅も最終日の25日になりました。

建築史の旅。平泉編(6)_01.jpg

伽羅御所跡

大会二日目の式次第の最初は10時の記念講演から。それまでの時間に昨日断念した伽羅御所跡を見に行くことに。

こういうのを見つけました『伽羅之御所跡第22・23次発掘調査報告書』。
この手前の道路拡張に伴う発掘のよういです。

ここを曲がって先に進むと、

建築史の旅。平泉編(6)_02.jpg

ありました。伽羅之御所跡の看板が。これしか無いんだけど、ともかくこれで伽羅之御所跡の現状も実見したことに。でもまだ記念講演までは時間があるので、昨日撮り損ねた平泉世界遺産ガイダンスセンターの展示物の撮影に。ここからは見えないけど、昨日丸一日弱歩き廻ったので方角は分かります。取りあえず右の道を真っ直ぐ。

建築史の旅。平泉編(6)_03.jpg

道の水たまりには氷が。割ってみました。 
                     世間の声: お前は小学生か!

建築史の旅。平泉編(6)_04.jpg

あの左側にちょこっと見えるのが世界遺産ガイダンスセンターです。 
この土手を登ればガイダンスセンターの駐車場に。

建築史の旅。平泉編(6)_05.jpg

世界遺産ガイダンスセンター

着きました。 

建築史の旅。平泉編(6)_06.jpg

これは柳之御所遺跡の模型らしいいだけど、池が無いので方角が分からない。フキフキ "A^^;  
    ん? 有った。 大きな建物二つの右側の小さい方の上が池か
が北上川らしい。船着場が。建築史の旅。平泉編(6)_07.jpg

鎌倉の今年の遺跡調査速報展でも見たことは有るんだけど、手前の板二枚、良くあんな薄い板が作れたなぁ〜と感心してしまいます。建築史な人には常識ですが、この時代、製材用のノコなんて無くて、丸太を割って削って作ってるんですから、 

建築史の旅。平泉編(6)_08.jpg

折敷の実物は初めて見た。こっちは逆に思ってたより厚い。 

建築史の旅。平泉編(6)_09.jpg

格子だって。奈良の寺院で見た蔀の格子よりだいぶ細いような。 

建築史の旅。平泉編(6)_10.jpg

下駄だ。それもあんなに高い。モデルさんのハイヒールなんかより高いでっせ。漆塗りだからお値段も高い高級品だったんでしょうね。誰が履いたんだろう。

建築史の旅。平泉編(6)_11.jpg

わっ、鉄鍋ですぜ鉄鍋。 
おいらの鉄鍋より小さくて肉厚も薄そう。内耳ってことは引っかけるとこが内側と。何でだろう。

建築史の旅。平泉編(6)_12.jpg

板碑ですよ板碑。
ただし奥州藤原氏の頃ではなく、鎌倉時代中期以降のようですが。
大きな二枚が建長8年(1256)銘で、色が再現出来て無いけど緑色っぽいです。関東(秩父)から運んだ石材かもしれません。そういう説明が有った訳では無いですが。

建築史の旅。平泉編(6)_13.jpg

脇の小さい方は地元の石のようです。 

建築史の旅。平泉編(6)_14.jpg

これは昨日のページにも出した凝灰岩の毛越公葬地五輪塔です。 
色が違うのはホワイトバランスを補正したから。

建築史の旅。平泉編(6)_15.jpg

壁一杯のこの仏像の顔は達谷窟磨崖仏のものです。
こんなに大きいので原寸大かと思いきや1/2なんだって。 

建築史の旅。平泉編(6)_16.jpg

これが実物の写真。 

建築史の旅。平泉編(6)_17.jpg

顔以外は風化したり剥がれたりで良く判らないと。こちらは想像図です。 

建築史の旅。平泉編(6)_18.jpg

これを撮ったのが9時20分ぐらい。そろそろ大会の会場に向かわねば。