賄い家の民芸・工芸 沖縄の壺屋(福岡編) |
こちらは壺屋でも金城窯ではありません。当時それと並び称された新垣栄三郎窯だったと思います。現在沖縄の焼き物と言うと金城次郎窯のイメージがとても強いのですが、それより以前からの沖縄の壺屋はこういう赤絵の方が主流なんだそうです。どこで手に入れたかと言うと九州は福岡の高田先生の処です。
話を戻して、この赤絵が面白くて分けていただいたのですが、自分で使おうと思った訳ではなく、「結婚したらお嫁さんに上げようかかな、ルンルン♪」 と。(笑) んで、娘が3歳か4歳の頃に思い出して、そろそろちゃんとした器で、とこれと山下碩夫さんの半土白磁と、石飛勝久さんの白磁の小ぶりの飯碗を並べて「どれがいい?」と聞いたら、選んだのはこれでした。まあ、単に赤い絵柄だったからかもしれませんがね。 あとは重さかなぁ? 試しに測ってみました。このお子さまマカイは200g、山下さんのは250g、石飛さんが中間の225g 3歳の女の子にはやっぱりずっしり重いのは嫌だったのかも。普通の瀬戸物茶碗て何gぐらいなんでしょうね? 家には無いので解りません。
でも、改めて見るとこの小ぶりの方は良い形ですね。しかしこの大きさの差は夫婦茶碗を通り越して親子茶碗だなぁ。 ちなみに娘には色々割られました。一番ショックだったのはテーブルの上からバカラのブランデーグラスを板の間に落とされたときです。さすがはバカラ、いい音がしました。その音は私の頭の中でいつまでも木霊し、しばらくものもいえずに呆然としてましたね。 娘はまだ「アウアウ・・キャッキャ」の頃ですから当時は怒りはしませんでしたが。あれから15年、もう十分大きくなっているのでブチブチと文句を言ってやるのですが、「しょうがないじゃない、まだ赤ちゃんだったんだから」とけろりとしたもんです。まあそうなんですがね。 あっ、そうそう、色々と民芸関係者の名前が出てきましたが、私は民芸協会関係者では御座いません。当時も所属していたのは陶磁協会の方で御座います。 |