賄い家の民芸・工芸       小代焼

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これも30年ぐらい前の小代焼ですが、福田豊水さん、それとも井上泰秋さん?
私は福田豊水さんだと思っていたんですが、友人は井上泰秋さんだと。う〜ん。

福田豊水さん亡くなってたんですね。お父さんだかおじいさんだかが小代焼の陶工で、豊水さんは若い頃は他の仕事をしながら窯を再興したように聞いています。とても穏和な親しみやすい方でした。
豊水さんのお宅で「これ良いだろう」と見せられて、画像のものよりもっと黒く締まった感じの焼き上がりだったと思います。「うん、良いですね、これ下さいよ」と言ったら「これは娘が打ち掛けたもんだからダメ」と言われました。
けっこう親バカで、まあ人のことは言えませんが。(笑) 
娘さんの福田るいさんはあのときはまだ高校生だったと思ったけど。ムサ美に入りたいんだけどとか言ってたらしいですがどうしたんでしょう。どうやらその後島岡達三氏のところで修行し、今は瑞穂窯を継いでおられるとか。

豊水さんの奥様はお元気なんでしょうか? 奥様はビアホールをやっていらして「うちが人気が高い理由のビールの注ぎ方」なんて教えてもらいました。いや、お庭で生ビールを頂いたときの雑談ですがね。
どうするんだって? 最大の企業秘密だそうです。お教えできません。(笑)
一度奥様が東京に来られたときに先輩の代理で、備後屋さんとか六本木の南方系の海外民芸の店に案内したことがあります。そのとき備後屋さんで待ち合わせていたのが民芸館の事務局長みたいな田中洋子さん、初めてお話しましたが・・・、
「岩田さんお仕事は何をなさっているんですか?」 「設計屋です」
「???・・・、ああ、インテリアとか?」 「いえ、自動制御の方で」 「へっ?」
「何をお読みだったんですか?」 「この本ですか、現代デザインの出発点みたいなドイツのワルータグロビウスの機能主義デザイン論です。グロビウスやライトの機能主義美学の発想と柳宗悦の”用の美”は相通じる処があると思うんですよ♪」
と言ったら、「何でこんな人間がこんなところに居るんだろう!(絶句)」って感じで鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていらっしゃいました。
柳宗理さんが民芸館の館長になられたのはもっとずっと後のことです。その頃なら「ああ、こういう人、うち(民芸館)にもひとり居るわ。 "A^^;」ぐらいだったかもしれませんがね。(笑)