賄い家の民芸・工芸 小鹿田焼・柳瀬朝雄さん? |
我が家にある唯一の大物はこれです。高さが25cmぐらい。 と30年間思い続けていてこの壺を太田熊雄さんのページに入れていたのですが・・・・、 と言うほどのことでも無いのですが、あの頃私はこういう飴色が好きだったんですね、でその好きな飴色を一番良く見ていたのが太田熊雄さんの窯のものだったので飴色の力強いものを見ると太田熊雄さんのものに見えてしまったのかもしれません。手に入れたのは土がどうこう言い出す前の、民芸最初の頃・・・、と言い訳も付けておきましょう。 でも、小鹿田で私が持っているものはほとんど全部が坂本茂木さんだったんですよね。柳瀬朝雄さんもとても張りのある力強い轆轤です。私のものでは無いですが、これもそうですね。 これを見ながら、柳瀬朝雄さんのものが何も無いと言うのは問題かなぁ、ひとつぐらい買っておくかなぁ、と思っていたんですが・・・、30年も前から持ってたんじゃん! わっはっは こうした壺は今の生活では床の間以外に置き場所はありません。でも我が家には床の間が無いので今は玄関の靴棚の上に置いるのですが。 ちなみにこりゃ12年ぐらい前の写真です。娘もこの頃は可愛いかったのですが。「あれ買って、これ買ってー!」も折り紙ぐらいで済んだのに。今では一桁違います。は〜、あの日に帰りたい。(溜息) ところでこの頃、この柳瀬朝雄さんの壺はちゃんと仕事を持っていました。娘の折り紙入れです。この折り紙はそのときのもの。あっ、山葡萄の蔓籠に入ってたこともあったな。小さい頃から目利きに育てようとこれはと言うものに折り紙を入れたり花林糖を入れたりの英才教育を試みていたのですが、結果は・・・・、ゼーンゼン、ダメ! ところで、飴色の小鹿田で思い出しましたが、実家にはこんなものもあります。実は割れたのを貰ってきてボンドでひっつけたのですが。 実家に居た頃、これを火鉢にしていました。底がすぼまったいるので両足の間に挟み込んで全身で暖まれると言う優れものです。そのあとは庭で金魚バチになっていました。力強い小鹿田の大物ですね。割れてなかったら私には手に入らなかっただろうなぁ。 この力強い張りはやはり朝雄さんでしょうか? いやいやうかつなことは書きますまい。 ついでにこれも。形も色も凄く好きですね。 でも長年台所の棚で油湯気を浴びていたら中はこんなになってしまいました。 こちらは小壺。これも小鹿田の伝統的な形ですね。 現在も昔と変わらずに作っておられる方のものはわざわざ私が紹介することもと思っていたのですが、こうなったら坂本茂木さんのものも出さないと片手おちですね。まあ、おいおい。 |