賄い家の民芸・工芸  小石原焼・太田熊雄さん

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土物で私の一番気に入っている酒器はこれです。沖縄だとカラカラなんですが、小石原だとなんて言うんだろう? これって本来は酒器じゃないんだと思いますが私にとっては酒器です。
私が太田熊雄さんて凄い人だと思う第一の理由がこれです。腰の張りがものすごく力強くて柔らかい。それでいておデブちゃんとは違う。暖かみがある。見ていて惚れ惚れします。


えっ、後ろのビンをもっと良く見せろって?
お目が高い。「玉露」は切れちゃって、現在の在庫はこの4品目です。いずれも劣らぬ、と言っても「いにしえの千鶴」はまだ封を切っていないのですが。昨日、なじみの酒屋さんで「これとこれが好きなんだけどさ〜他には何が良いの?」と言ったら「じゃ〜これでも飲んでみな!」と薦められたのです。

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う〜ん、気になりますね〜。開けてしまいましょう。おっ、これは・・・、期待出来そうです。少々お待ちください。焼酎も銘柄によって最適なお湯割の比率が違うのです。ん、これは旨い!(*^_^*)


つまみが欲しくなりました。で、あり合わせのコンビニの漬物を小石原の皿に。う〜ん、同じ頃の同じ窯でそろえると栄えますね〜。えっ! 猪口はどこのだって? ひらに、ひらにお目こぼしを。m(_ _)m

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ではさっそく、パクッ!うっ、不味い。
やはり漬け物はちょっとぐらい高くても「近為」に限るようです。フキフキ "A^^;
お前は京都に住んでるんのかって? いや、私ん家の近くに支店があるんですよ。ほら

お見苦しい様をお見せし、申し訳御座いません。「近為」で同じ茄子を買ってまいりました。
味わう前にもこの色艶の違い。これが「民芸」で御座います。

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画像もちゃんと撮れたようですし。安心して、パクッ! うっ、旨い!(*^_^*)

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「近為」と言っても茄子の浅漬けは丸々太ったもの2本で400円ぐらい。1本を食し、残り1本は半分に切って白磁の器に入れて明日のお楽しみで御座います。旨い酒に好きな器、そして旨いつまみは最高の贅沢ですね。 ん? お漬物の民芸館展・奨励賞があってもよいのではないでしょうか?

いや、もちろん贅沢なんですよ、「民芸」も「近為」の漬け物も。ちょっとぐらいは生活に余裕が無ければ手には入りません。ほんのちょっとですが。
「民芸」ってのは大昔の沖縄の壺屋や、山口の堀越焼、あるいは伊万里や瀬戸でだって、近所の農民や漁民(合わせて常民)が「お皿を5枚とお茶碗2つ頂戴」と買っていったものではありません。それは「用」です。
柳宗悦に始まる「民芸」とはその中でかつてのエリートの美意識にかなったものを指しています。それが「用の美」です。それだけは忘れてはいけません。それを忘れてはある意味「傲慢」であり、また「不遜」です。
ただ、毎日の食卓にも漬け物は「近為」じゃなきゃ許せないと言うのではなくて「たまには酒のつまみに100円200円の漬け物でなくて400円の美味しい漬け物だっていいじゃないか!」 ってのが「民芸の世界」だと思っていれば良いのではないでしょうかね。

こちらは12cmぐらいの小皿です。小石原にお邪魔して太田熊雄さんにお会いしたとき、熊雄さんはちょうどこの小皿を引いていました。それがまあ、一生懸命集中してひいているんじゃなくて顔は私の友人を向いて、笑いながらバカ話をしながらでも次々とこれぐらいの小皿が出来ていくんです。あれにはたまげました。熟練した技と言うのはこう言うものかと。
天気の良い日で、室内ではなく、なんか外のひさしの下だったような気がします。

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火のまわりの具合か、同じ窯出しでも1枚1枚景色が違うのが楽しいです。


熊雄さんのものは実家にも置いてあるのですが、それはまたおいおい・・・
と言うことで実家に帰ってきました。この飴色も私にとっての太田熊雄さんのイメージですね。他の方にとってどうかは解りませんが。

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あと同じ様な色合いの飯椀の蓋が残っていましたから、飯椀も持っていたはずですが・・・
割れて無くなってしまったようです。


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片口です。色合いはとても気に入っています。でもこれは熊雄さんの手では無いようです。息子さん?


これはお茶系から民芸に移る最初の頃に手に入れたものです。だもんで茶壺。今見て、良いかと言うと、取り立てて・・・、と言う感じですが。太田熊雄さんの中ではね。

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これはホントに太田熊雄さんご本人らしいのですが、そうかどうかとは別に私にとっては思いで深い壺です。でも何かに使ったと言う記憶は無いですねぇ。