賄い風ツーリング車考 page4

自転車で有るためのジオメトリの制約

実は単純な話しで、3辺の長さが1:1:2の三角形や、同じく1:2:2の正三角形なんてあり得ません。ただしこの単純なことが実際に作るわけではない素人は忘れがち、あるいは気が付かないことが多いように思います。で、どんな高名なビルダーさんだってフレーム設計の第一のベースはここにあります。

もっと具体的な例えで言えば、その人の身長・体格から理想のトップチューブ長、シートチューブ長、ヘッド・シート角、オフセットが有ったとしてもタイヤの径によっては自転車たりうる為にはそれらのサイズ、角度を変更しなくてはならなくなります。繰り返しますが、理論的に理想のサイズよりもまずちゃんとした自転車であることが大前提なので。

それがはっきり解るのは700cのロードでのメーカーやらビルダーさんのスケルトン表です。例えばRAVANELLO Bicycles。どういうビルダーさんなのかは知らないのですが、まあ一番はっきりと現れているんで。

表ではサイズ(シートチューブ長)によってヘッド角は71〜74度、シート角は75〜73度、オフセットは50〜45、ハンガーダウンは50〜70です。どこでもヘッド角が一番どうでも良いみたいに見えます。つまり一番調整の糊代に使っている。この表だけ見ていると700cというホイールサイズはシートチューブ長550以上に適合できる体型(身長)の人なら無理なく設計出来るがそれ以下だと色々と鉛筆舐め舐め辻褄あわせが必要になる、やってるんじゃって感じに見えます。想像ですが。

BB位置の件で引き合いに出した私のロードレーサーは15年ぐらい昔のオーソドックスなラグ付き、トップチューブ水平ですが、シートチューブ500で作る為にBB位置が望ましい姿よりも高くなってしまうです。BB位置を望ましい位地、例えば先に紹介したRivendell Atlantis Geometryのように80mmまで下げようとするとトップチューブ水平ではヘッドチューブの長さが60mm以下になってしまいます。

これではラグどころの騒ぎではありません。それどころかトップチューブとダウンチューブがひっついてしまいます。 現在ならこのサイズはラグレスでトップチューブをスローピングにするでしょう。

Rivendell Atlantisはトップチューブをちょっと見気が付かないぐらいにスローピングさせているんですが、それだけでなく身長によってホイールサイズを26インチに落としています。これでホイールサイズからの他の要素へのしわ寄せを回避しているのだと思います。ついでに言うならRivendell Atlantis Geometry のBB Dropが普通のロードよりも大きい(低い)のはツーリング車として想定するタイヤがロードレーサーよりは太いからでしょう。

装備とジオメトリ 

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装備のジオメトリへの影響はリアにサイドバックを付けるにはチェーンステイを長めに取るぐらいのことです。最低でも430mmは欲しいですね。でないとサイドバックに踵が当たっていやなもんです。でもリアにサイドバックを付けるつもりが無いのなら関係ありません。ほかにはあまり無いんじゃないでしょうか? キャリア用のタボを付けるなんてのはジオメトリじゃないですから。
おっと、大事なものがあとひとつありました。サドルバックを前提とした自転車を設計するなら、シート角は普通より寝かせた方が良いです。乗車姿勢を変えようというのではありません。それは同じ位置をキープしながらサドルを極力前に付けてその分シート角を寝かせるのです。良くサドルバックは足に当たってと言う話を聞きますが、最近のロードのようにシート角度が立っていてかつサドル位置も変えないのであれば当然そうなると思います。また、ロードレーサーの高速ポジションでサドルを高め=踏み下ろしたときに足が真っ直ぐになる場合には余計そうでしょう。
フロントバックの場合は、とこれは使うつもりが無いし乗った事も無いのであくまで想像ですが、ハンドルを振り回されやすいのでそれを補う為により強烈な直進安定性を求めるかもしれません。 更に、重いザック(10〜15kg)を背負って長い距離(当社比)を走るときは深い前傾姿勢はとてもつらいです。

ランドナーフレームの特徴 

やっと半分まで来たようです。(笑)さて、ランドナーについても見ていきましょうか。ランドナーが受け継いだランドヌーズ(Randonneuse)のフレームとしての特徴は強烈な直進安定性でしょう。
ランドヌーズがどうしてそうだったかというとあの自転車はランドネ競技の上級、例えばパリブレストパリとかディアゴナールとかの無茶苦茶長距離・長時間競技の為のものですからうつらうつら意識朦朧だって転ばずに走れる必要があります。そうだとするとあの強烈な直進安定性は十分理解出来る、合理的。どんな競技かというと、1225kmを1951年当時でも最速48時間、タイムリミット90時間で寝ないで、あるいはちょっとだけ寝て走りきるというとんでもない耐久レースです。

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<エルスのRandonneuse、コンクールドエレガンスのショーモデルかなんかでタイヤは700-20C、>

ランドナーフレームの特徴のひとつに比較的寝たシートチューブ角度がありますがこれは昔の自転車は何であれそうであったようでランドナーだけの特徴ではありません。
もうひとつは大きな60mm以上のオフセットがあります。 1950年代フランスの工房の感覚では多分直進安定性の強化を狙ったようにも思います、しかしその後の研究ではそのことだけでは大した効果は無いという見解が主流のようです。あくまで私の知る範囲ですが。

例えばちょっと古いですけど1971年の鳥山新一氏の「シクロテクニーク」、1976年には「前輪系の考察」(林博明氏)や「自転車の安定性・操作性」(神奈川大・塚田幸男先生)あたり。ただ、こういう実験は20インチでやっていたり、26インチ(多分650A)でもオフセット30,50,75,100,125mm、速度:5,7.5,10,12.5,15km/hでやってたりなんであまり厳密ではないし、高速走行時のデータではありませんので鳥山氏以外の方はスポーツ車をどこまで意識しておられたかは解りませんが。

もっともランドナージオメトリの大きなオフセット元々は、オフセットが問題だったんじゃなくてともかくホイールベースを長くしたかったのかもしれません。ちなみに大きなオフセットは振動吸収にも役に立ちそうな気はしますがあくまで感覚的。むしろチューブの細さの方が効くしその意味では昔のレイノルズ531丸フォークのような細身のものでは既にそれだけで十分な振動吸収性はあったでしょう。

またランドナージオメトリの特徴はオフセットだけじゃなくて長いチェーンステイってのもあります。これも本来はサイドバックを付けるからじゃなくてホイールベースを長くとる為じゃないかと私は思うんですが。 と言う訳で私はランドナーの特徴は泥よけやフロンとバックや650Aってホイールじゃなくてフレームの性格に有ると思います。

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<冬でも暖かイチゴ狩りポタリング!>のときのランドナーな皆様>

もしかするとあの日本固有のデカイフロントバックに耐えるには「PBP的意識朦朧走行」でなくったって強烈な直進安定性が必要なのかもしれません。「ランドナーはランドナーであってツーリング車一般ではない」と私が頑固に言い張る一番の理由はこのことです。

ネット上で見られるランドナー・ジオメトリとしては深谷産業の603ツーリングぐらいでしょうが(あれ?ランドナーと言わなくなりましたね。ジオメトリのページが消えてしまいました)これはランドナーの特徴を良く表しているかもしれません。同じ深谷産業のスポルティーフやロードと比べてみるととても面白いです。この違いはホイールサイズの影響じゃないでしょう。まあ、私はランドナーには門外漢なもんで。このあたり詳しい方から異論反論を証拠物件付きで出して頂けると有り難いんですが。

しかし、走り方、走る目的が違えば合理性は変わって来ます。ちなみに私は睡眠時間まで犠牲にするような走り方は思いもよらない、フロントバックも使いません。路地裏クネクネ、山道クネクネですし、峠の下りの急カーブで外側に膨らむなんてマッピラ御免です。ですから操作性との兼ね合いを重視します。

余談ですが、ツーリング車一般が「結果」としてロードレーサーより直進安定性が増すということはあるかもしれません。ロードレーサーはおそらくダッシュでも後輪の推進力を増す為と思いますが、チェーンステイを短くする傾向があります。あとは古典的な泥よけを付けることやタイヤの太さからチェーンステイもフロンとセンターも若干長めになり結果的にホイールベースが伸びて直進安定性が増すことはあると思いますが。